エウロパの海、より。

「エウロパの海」の更新報告とか、活動報告とか、思考メモとか。

ノイズとしての「僕」(活動再開のお知らせに代えて)

おはようございます。
冬眠から覚めまして、ぼちぼち今年もイベントに参加したり、本を作ったりしたいと思います。

ひとまず5月、関西コミティアと、文学フリマ金沢に参加する予定です。関西コミティアは直接参加、金沢は委託です。新刊はありませんが、新しいペーパーを発行しますので、よろしければお立ち寄りください。

それから、ここを放置している間に、実はサイトをリニューアルしております。
http://rosette-nebula.boy.jp/europa/
とうとう…スマホ対応しました…よろしければ覗いてみてください…。


さて。
先月下旬くらいから、唐突に積読タワーを崩しています。新書を中心に。
昨年活動する中で、自分の書いたものの行く先について考えるようになった話を書きました(これ)。自分のための、自分だけの小説だとしても、旅立って行ったならもうその人の物語であってほしいと思います。
つまりは手紙の「宛名」のことで、では「差出人」は、とふと思ったのが今回の積読タワー解体のきっかけです。ここはどこだ。どういう社会の、どこら辺に、どういう存在として僕は存在しているんだ、というところから、何だかもぞもぞと組み立てようとしています。
別所で、「ノイズかもしれない」という話をしました。
養老孟司の「遺言。」の中に、(自然・農村・田舎等に対する言葉としての)都市というのは、意味で出来た世界だという話が登場します。意味しかない世界。意味のないものはつまりはノイズで、ノイズは除去される。そういう話です。
意味もなくただ存在するものでありたいのかもしれません。風や雨のように。そういうことを考えつつ、また今年もお話を書けたらいいと思っています。